2017-06

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父が亡くなりました

2月14日の月曜日、12:15、父が亡くなりました。76歳でした。
わたしはその前日、金土日と茨城県の実家に帰省して父を見舞っていました。父は持病があったのですが正月のときは元気だったし、月曜には出社しないといけないのでいったん神奈川へ戻りました。

翌日の月曜日、午前中に母から容態急変の電話あり。
会社を早退する手配をしていましたら、昼過ぎに無くなったとの電話。忌引きに変更しスーツのまま再び実家へ向かいました。
DSC09739.jpg
父は病院から自宅に帰ってきていました。ウチの会社からも供花が届いてます。

  しろ 「お父様、ただいま戻りましたよ」

父に帰宅の挨拶をし、顔にかけられた白い布を取り、額に手をあてたり頬をさすったりしましたが、何度行っても父は起きません。少し先に帰ってきていた兄が言います。

  兄 「ちょっと前まで暖かったんだけどな、もう冷たくなっちゃったよ」
  母 「ほんと、寝てるみたいよ」
  しろ「・・・」


家族みんな覚悟はしていましたが、それが今日なのかと思うとやっぱりやるせないものがあります。
母は気丈に振舞っていました。でも、5日後には45回目の結婚記念日が控えていましたから、きっとお祝いの準備とかもしていたはず。少々重い空気のなか、兄が提案をします。

  兄 「病院から来たままだからパジャマのままだね。着替えさせてあげよう」
  母 「そうね、ジャケットとシャツを着せましょうか」
  しろ「じゃあ、みんなで着替を手伝いますか」


さすがにパジャマじゃちょっと冴えないものね。赤いカッターシャツ着せて、ズボンもアイロンがビシッとあててあるものを、最後にジャケットを着せて。背中にシワがあると痛いから、ちゃんとシワを延ばしてあげてと。ずいぶんオシャレになりましたよ、これだったら向こうで散歩行っても恥ずかしくないです。

次は役所関連の作業があります。
DSC09741.jpg
市役所にはほぼ毎日通いました、あとは携帯も解約しないと

死亡届、火葬許可書、戸籍抄本、年金、生命保険、車の名義、印鑑登録の抹消・・・膨大な量の事務処理があります。こんな大変なのか。特に自宅関連は登記簿の変更など法務局にも行かねばなりません。
それと平行して葬儀の式次第、近所・親戚・友人への連絡、さらにお墓の事・・・あまりにもやることが多く、これらを71歳になる母一人にさせるわけにはいきません。行政関係は兄、確定申告関連や家事は姉、わたしは部屋片付けや野辺送り用のお茶や軽食の準備、香典返しの準備など分担することに。

父方は浄土真宗の真宗大谷派ですが、母方が仏教系ではなく。
色々話した結果、今回は家族葬と言う形にしました。火葬の日まで3日間は自宅に安置して、野辺送りすることにしましたよ。その間、色んな方が父に会いにきてくれました、近所のひと、父の友人や同僚、母の友人、わたしの高校時代の同級生まで来てくれました。

夜に家族で昔のアルバムを見てみました。
あら、お父様、結婚した頃はキリっとした顔立ちです、わたしには60歳くらいの時の方が馴染みあるし、この頃はまだまだ元気そう。 
・・・んん? わたしの写真もありますよ。
9742.jpg
家族旅行のとき父が撮ってくれたわたしの写真。今と比べるとずいぶんスリムな・・・ しかしTシャツのすそをズボンに入れる辺りは前時代でしょうか。

  兄 「お前、この頃はスリムだな」
  母 「ほんとよ、美食倶楽部の真似事など辞めて、少しは痩せなさい」
  しろ「・・・」
 

さて、木曜日に無事に火葬を終えました。
父は年を取っていたせいか、それとも強力な火力のせいなのか、骨はスカスカで細いものでした。骨壷に収めて自宅に持ち帰ってきましたよ。
DSC09758.jpg
写真を飾るとちょっと辛いので、飾らずにおきます。

父は科学者で頭の良い人でした。また、国内外問わずに美術や文学にも精通していました。そんな父の頭の回転の速さや見識の広さは子供ながらに自慢でした。
でも、帰省のたびに「マラソンばっかりせず、はやく嫁を見つけなさい」といつも説教で。そんな意味では親不孝な息子だったと思います(2年前から故障中でマラソンはできないのですが、父は続けていると思っていた様子)。
もう適わないんだけど、願わくば結婚して、子供を育て、親となって、同じ立場になって父と色んな話をしてみたかったな。。。

コメント

こんばんは

お父様、お悔やみ申し上げます。

しろさんはたぶん同年代、ワタクシも三人兄弟の末っ子

父は健在(73歳)ですがいつどうなることか・・・。

必ず来る日ではありますが、その日まで
できるだけ話をしようと改めて思うことができました。

それから、お母さんのチカラになってあげてくださいね。

合掌

お悔やみ申し上げます。
突然のことだったようで、しろさん、お母様、お兄様、お姉様、ご親戚の皆様気を落とされていることでしょう。
なかなか一堂揃うことがないと思いますので、きっとお父様は喜ばれていると思います。
気丈なお母様もきっと心身ともにお疲れになっているかと思います。
たぶん末っ子しろさんには一番心穏やかになれるかと思いますので、力になってあげてください。

お悔やみ申し上げます

しろさんは元気かな~と思ってポチっと開いてビックリしました。
そう、お父様、天国に旅立たれましたか、いつかは…とは覚悟していたと思いますが、やはりその時が来てしまうと「なんで?」ってやるせない気持ちでいっぱいになるよね。
私も父の最期のときを看取ることが出来ませんでした。
今のしろさんの気持ち、すごく分かります。きっといろんな事を思い出している事でしょう。
お父様のご冥福をお祈り申し上げます。
気丈に振舞っているお母様も、今は葬儀やらこれからの事やら忙しくてゆっくり悲しんでいる間もないでしょう。お兄さんと力を合わせて支えてあげて下さいね。

■ハルさんへ
お気づかいありがとうございます。
70代ってまだまだ元気だと思うのですが、ウチの父の場合は病気もあったのでその辺りが影響してしまって。でも、ボケてしまうとか、寝たきりになるってことは無かったので、良かったのかなと。
わたしの場合18才で上京してしまったこともあり、もっと会話をしておけば良かったなあって感じます。まあ、いつも説教になってしまうのですが。。

■shizuさんへ
そうですね、ウチは父・母・兄・姉・わたしの5人家族でした。
全員が一度に集まるってのはホント何年ぶりって感じです。関西に嫁いだ姉は帰ってきて号泣してしまい、わたしにできるのは末っ子らしくトンチンカンなことを言って場を和ますくらいで。
かつて5人で暮らしていた実家もこれからは母が一人で住むことに。気落ちしないか心配なのでまめに電話するようにしなくちゃ。

■女将さんへ
お久しぶりです、お元気でしたか。また山に連れてってくださいね。
ほんと、父のことは覚悟はしていたものの「それが今日なのか」と思うとなんともガッカリな気分です。今は数々の説教を思い出し、少しはちゃんとしなくちゃなとしみじみしてます。
母は71歳になって一人暮らしになったので、ほんと心配です。これからは色んなこと考えなくちゃいけないですね。
父の集めていた学術書とか美術関連品を整理しないといけないのですが、2階の部屋殆ど埋まるくらいの膨大な量。母一人ではあまりに重労働ですから、わたしもまめに帰省して片付けていきます。

御冥福をお祈り申し上げます。
亡くなった事をまだ、実感が湧いていないかとおもわれますが、当たり前のようにいた人が居なくなるのは悲しいというより、淋しいものです。でもきっと、どっかで見守ってくれていると思いますので、今後も日々頑張って行きましょう。

お悔やみ申し上げます。
お母様、お一人で暮らすの心配ですね。
うちのパパンも入退院を繰り返してて、実は今日も手術だったんだ~。
これから病院寄って顔を見てくる。そう遠くない日を覚悟してるけど…
欧米人の友達が近しい人を亡くしたあと「悲しくはないよ、覚悟してたから。
ただemptyな感じ」って言ってたっけ。
その日を迎えるのはやはりツライね。お母さんをこれからも大事にしてね。

■ひあーるさんへ
コメントありがとうございます。
父には良い報告ができるようにしないといけないですね。
もっとちゃんとしなくちゃって思いますが、そんな説教してくれる人も母しか残っていなくなりました。母親にも今以上に親孝行したいとおもいます。

■mepannaさんへ
お気遣いありがとうございます。
Emptyな感じって分かる気がします、なんと言うのか悲しいと言うよりも、ボケーっとしてしまう事が多いです。まさに虚無でしょうか。
生前、父は「老いとは孤独に耐える事」と言っていました。入院って結構寂しいものですからmepannaさんもお父様と色々会話してくださいね。自分の子供が会いにくるのを喜ばない親はいないって聞いたことありますから、すごく嬉しいと思いますよ。

ご冥福をお祈り申し上げます。
そうですか・・・。ご病気だとは存じておりましたが、お別れの日が来てしまったのですね。晩年のお父様と、色々話をしようと努めていたしろさんが思い出されます。尊敬していたお父様の血は、確実に受け継いでいらっしゃるのですから、どうか自分を信じて進んでくださいね。いつも見守ってくださっていると思います。私は昨秋、90歳の祖母を亡くしましたが、今も思い出す度、明るい光に照らされているような気がしています。

■jajaさんへ
そうですね、いろいろ話そうとしたなあ・・・ 正月に会ったとき、わたしが生まれたときの話を聞こうと思ったのですが、兄が生まれたときの方が印象強かったみたいで兄メインの話になってしまったり。
この年になると、説教って親以外からはあんまり言われなくなるので、これからはちゃんとしなくちゃいけないなと思いました。
おばあさまの件、心中お察しいたします。お互い、天国に向かって良い報告が出来るようにしたいですね。

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プロフィール

「しろ」

Author:「しろ」
住まい: 神奈川県
年齢: 30代
趣味: カフェ巡り・パン屋巡り
    離島や海外で遊ぶこと
好物: カステラの茶色いところ
    ホットケーキ
    フレンチトースト

フル:    3時間43分
ハセツネ: 19時間19分
5000m走: 20分12秒
5000m海:  2時間2分
400mFr:   6分59秒
100mFr:   1分30秒

マラソン、トレランは5年目。
海泳ぎは3年目。
ブログ歴3年目。
故障歴2年半(継続中)

サロマ湖100kmウルトラマラソン完走をめざして走り始めました。2004年のホノルルが初マラソン。
住宅地でラン練してもつまらないので、近くの高尾山を走ってたらトレランの世界を知り、2005年からハセツネにも参戦。同じ年にニューヨークシティマラソンで出会ったラン友から海泳ぎの世界を教わり、遠泳にもハマリ中。

しかし2年前から左足の痺れと腰痛が。どうやら坐骨神経痛らしいです。痛くて走れず泳げず、すべての練習を中止。
練習もできず大会も出れず体重は+13Kg増量中・・・ あまりにもヒマなのでそこら辺をプラプラしております、気づけば47都道府県のうち46まで制覇中。



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■■2011年参加大会■■
なし

■■2010年参加大会■■
3/13 東京エンデューロ
5/16 ホノルルトライアスロン
7/25 ビックスイムinトーヤ
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■■2009年参加大会■■
1/11 有度山ロゲイニング
1/18 ジュニアチャンピオン大会
3/1  サン・スーシ大会
3/29 奥武蔵レクロゲイニング
4/5  青梅高水山トレイルラン
4/11 エクストリーム那珂川
5/31 ARJS三浦横須賀
6/20 式根島アクアスロン
8/2  四万十川水泳マラソン
8/16 奥松島OWS
8/23 姫路家島OWS
8/29 湘南OWS
11/22 イーハトーブマスターズ

■■2008年参加大会■■
1/20 フロストバイト
3/9 大山登山マラソン
3/16 湘南国際マラソン
3/23 新城トレイルレース
4/6 青梅高水山トレイル
4/13 ロンドンマラソン
4/20 かすみがうらマラソン
4/29 横浜駅伝
5/18 野辺山ウルトラマラソン
5/25 インターナショナル・ココス・クロッシング(グアム)
6/8 横田駅伝
6/14 座間味ラフウォータスイム
6/22 サロマ湖100kmウルトラマラソン
6/28 式根島アクアスロン
7/6 北丹沢12時間山岳耐久レース
7/12 新島オープンウォータースイミング
7/19 富士北麓24時間リレーマラソン
7/25 富士登山競走
7/27 パンプキン争奪マラソンスイミング
8/3 信州爆水RUN
8/10 湘南オープンウォータースイミング
8/17 富士山クロスカントリー
9/6 エクストリームシリーズ奥大井大会
9/21 せとうちOWS
9/23 ビーチエキデンフェスティバル
10/5 東日本国際駅伝
10/12日本山岳耐久レース
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