かきぴさん への手紙
かきぴさんへ。お久しぶり、わたしのこと覚えてますか?
2008年のかすみがうらマラソンの打ち上げで、隣に座ったしろでございます。
すでに名前を変えられてますが、当時会ったときのかきぴさんのままで書かさせてくださいね。
お会いしたのはその打ち上げの1回だけなんですが、ブログで故障を知りました。
かきぴさんと言えば、萩往還250kmを目指していた先輩ランナー。ところが東京国際女子を境に、故障されてしまったようで、その気持ちが切々と書かれてたその内容が今の自分と重なって。
今年に入りブログはすでにコメントが入らない設定になってたので、メッセージを送ることは出来ませんでしたが、先日に閉鎖されるまで更新をまめにチェックをしておりました。
わたし、かきぴさんと会った頃はレースに出ればベスト更新の絶好調なとき。
フル3時間30分切りはもう目前でして、ラン仲間とどの大会でどっちが先に達成するかなんて盛り上がっていたものです。
身体は羽のように軽かったし、有り余る体力は余暇を何倍にも使えて。色んなことに挑戦して、色んなところに行って、そこでまた色んな出会いがあって。
わたしは出世もせず、お金持ちでもなかったけど、あの頃は不平不満は無かったです。
去年のサロマ湖100kmウルトラマラソン、その完走のために2ヶ月前に行われる野辺山ウルトラ71kmで調整して万全の体制でサロマへ臨んだのですが、わずか20km地点で左足の痺れで走れなくなっちゃいまして。なんか神経系らしく治るのに数年かかるか、一生治らないかのどちらかと大学病院で言われ。

今年、2009年のサロマは今日開催です。ランチームで一緒に行く予定でしたが、DNS。
身体を壊してからは、色んな方と疎遠になり、体重も元へ戻っちゃった。
毎日の練習って自分のランナーとしてのベースであり、アイデンティティでもありました。
それが出来なくなって背骨が抜かれてヘナヘナした感じ。故障したての数ヶ月は焦燥感とか挫折感とかが強かった。当初、何が起きたか理解できなくて。故障したことを認めたくなくて、1秒でも早く練習に戻らないとって思ってた。けど、すべきことが出来てない引け目からか、みんなの盛り上がっている輪に入りづらくなったり。行ってもしゃべる話題がだんだん無くなってきたり。
かきぴさんが、ランニング関係の本を処分していく記事や、ここのブログは走れないとダメなんだって綴った記事。国際レースに出ていたのに、5キロ39分台がベストで、フルやハーフは記録なし、完走できたらそれがベストだと明るく書いていた記事。
コメント欄を閉じて、ブログを閉鎖していくまで、かきぴさんは何を感じて、どう行動していったか。痛いほどわかるその気持ち、まるで自分の気持ちを代弁していただいているようで何回も読み返しました。
わたしの方は、故障して10ヶ月目に入りました。
生活からラン色が無くなって、ランナーになって経験した5年間のことがだんだん思い出せなくなってきて。「ランナーだった自分など最初から居なかったのではないか」 って夢オチ的な感じになってきました。
しかし、お互い前に進まなくてはいけないと思うので。。この経験から何かを感じ取って、次に生かすことをしないといかんですね。正直なところ「何年後なんだ、それは」って気も少々ありますが(汗)。
わたしのほうは・・・諦めた、もしくは忘れたかで気持ちに整理が付いた頃、次へ進もうかなと。でも、もうしばらくは結論を出さずにボーっとしてますわ。たぶん、まだ諦めきれてないんだと思います。
あとね、とても感謝しているんですが、走力も泳力も失ったわたしのことを誘ってくれる方が、まだわずかにいらっしゃるんです。自分ひとりなら辞めちゃうのもありかなと感じてましたが、こんなんでもまだ役に立てるんであれば喜んで参上しようとおもいまして。
「諦める」「忘れる」の2つしかないと思っていた選択肢でしたが、もしかしたら「乗り越える」って言う3つ目があるのかもしれません。まだ良くわからないですが。
1度しか面識がないこともあり、かきぴさんがこの記事を見ることはたぶんないと思います。
でも、何ヶ月、何年か経ったとき、同じ経験をしたもの同志、お酒でも飲みに行けたらいいですね。わたし下戸ですが、そのときは存分に酔っ払いましょ。そして願わくば、お互い良い報告ができますように。
2008年のかすみがうらマラソンの打ち上げで、隣に座ったしろでございます。
すでに名前を変えられてますが、当時会ったときのかきぴさんのままで書かさせてくださいね。
お会いしたのはその打ち上げの1回だけなんですが、ブログで故障を知りました。
かきぴさんと言えば、萩往還250kmを目指していた先輩ランナー。ところが東京国際女子を境に、故障されてしまったようで、その気持ちが切々と書かれてたその内容が今の自分と重なって。
今年に入りブログはすでにコメントが入らない設定になってたので、メッセージを送ることは出来ませんでしたが、先日に閉鎖されるまで更新をまめにチェックをしておりました。
わたし、かきぴさんと会った頃はレースに出ればベスト更新の絶好調なとき。
フル3時間30分切りはもう目前でして、ラン仲間とどの大会でどっちが先に達成するかなんて盛り上がっていたものです。
身体は羽のように軽かったし、有り余る体力は余暇を何倍にも使えて。色んなことに挑戦して、色んなところに行って、そこでまた色んな出会いがあって。
わたしは出世もせず、お金持ちでもなかったけど、あの頃は不平不満は無かったです。
去年のサロマ湖100kmウルトラマラソン、その完走のために2ヶ月前に行われる野辺山ウルトラ71kmで調整して万全の体制でサロマへ臨んだのですが、わずか20km地点で左足の痺れで走れなくなっちゃいまして。なんか神経系らしく治るのに数年かかるか、一生治らないかのどちらかと大学病院で言われ。

今年、2009年のサロマは今日開催です。ランチームで一緒に行く予定でしたが、DNS。
身体を壊してからは、色んな方と疎遠になり、体重も元へ戻っちゃった。
毎日の練習って自分のランナーとしてのベースであり、アイデンティティでもありました。
それが出来なくなって背骨が抜かれてヘナヘナした感じ。故障したての数ヶ月は焦燥感とか挫折感とかが強かった。当初、何が起きたか理解できなくて。故障したことを認めたくなくて、1秒でも早く練習に戻らないとって思ってた。けど、すべきことが出来てない引け目からか、みんなの盛り上がっている輪に入りづらくなったり。行ってもしゃべる話題がだんだん無くなってきたり。
かきぴさんが、ランニング関係の本を処分していく記事や、ここのブログは走れないとダメなんだって綴った記事。国際レースに出ていたのに、5キロ39分台がベストで、フルやハーフは記録なし、完走できたらそれがベストだと明るく書いていた記事。
コメント欄を閉じて、ブログを閉鎖していくまで、かきぴさんは何を感じて、どう行動していったか。痛いほどわかるその気持ち、まるで自分の気持ちを代弁していただいているようで何回も読み返しました。
わたしの方は、故障して10ヶ月目に入りました。
生活からラン色が無くなって、ランナーになって経験した5年間のことがだんだん思い出せなくなってきて。「ランナーだった自分など最初から居なかったのではないか」 って夢オチ的な感じになってきました。
しかし、お互い前に進まなくてはいけないと思うので。。この経験から何かを感じ取って、次に生かすことをしないといかんですね。正直なところ「何年後なんだ、それは」って気も少々ありますが(汗)。
わたしのほうは・・・諦めた、もしくは忘れたかで気持ちに整理が付いた頃、次へ進もうかなと。でも、もうしばらくは結論を出さずにボーっとしてますわ。たぶん、まだ諦めきれてないんだと思います。
あとね、とても感謝しているんですが、走力も泳力も失ったわたしのことを誘ってくれる方が、まだわずかにいらっしゃるんです。自分ひとりなら辞めちゃうのもありかなと感じてましたが、こんなんでもまだ役に立てるんであれば喜んで参上しようとおもいまして。
「諦める」「忘れる」の2つしかないと思っていた選択肢でしたが、もしかしたら「乗り越える」って言う3つ目があるのかもしれません。まだ良くわからないですが。
1度しか面識がないこともあり、かきぴさんがこの記事を見ることはたぶんないと思います。
でも、何ヶ月、何年か経ったとき、同じ経験をしたもの同志、お酒でも飲みに行けたらいいですね。わたし下戸ですが、そのときは存分に酔っ払いましょ。そして願わくば、お互い良い報告ができますように。
2009年6月28日
サロマ開催と同日、同じウルトラマラソンランナーのかきぴさんに捧ぐ
しろより


